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福岡高等裁判所 昭和49年(行コ)9号 判決

控訴人

飯塚公共職業安定所長

古屋三千年

右指定代理人

中野昌治

外五名

被控訴人

竹平俊夫

右訴訟代理人

林健一郎

右訴訟復代理人

上田国広

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一当裁判所は、当審における新たな証拠調の結果を参酌してもなお、被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきものと考えるが、その理由は、次に付加訂正するほか、原判決理由の説示するとおりであるから、ここにこれを引用する。なお、〈証拠〉をもつてしては、右引用の原判決理由説示の認定判断を動揺させるに足らず、その他、右認定判断と相容れない新たな証拠は存在しない。

1(一)〜(一三) 〈省略〉

(一四) 原判決七〇枚目裏末行目から同七一枚目裏二行目までの全文を次のように改める。

「叙上説示したように、本件除外処分の直接の契機となり、かつ、同処分の最大の事由となつた、被控訴人が松本次長の肩及び胸のあたりを押して階段から転落させて前記傷害を負わせた、という事実については、これを肯認するに足る証拠が存在しないけれども、被控訴人の同次長に対する行為のなかには、不穏当とみられるものがあり、又、その際の交渉を含め、全日自労飯塚分会が原判決添付別表記載のとおりの陳情ないし交渉を行い、それが時として行き過ぎた言動を伴うことがあつて、そのために飯塚公共職業安定所の紹介業務にかなりの悪影響を及ぼしたことさえ存したが、被控訴人は、同分会の分会長(執行委員長)として、右陳情ないし交渉のいわゆる機関責任を負うべき立場にあり、かつ、数回にわたつてみずから右陳情ないし交渉を引率して、指導的な役割を果しているところ、被控訴人のこれらの行為は、七七七号通達別紙取扱要領第5の2の(1)に定める「その他紹介業務に重大な支障を生ぜしめること」に該当し、紹介対象者としての取扱いの一時停止又は紹介対象者からの除外の事由となるものと評価できないわけではない。しかしながら、かような、松本次長に対する不穏当な行為の態様、程度並びに全日自労飯塚分会の行き過ぎた陳情ないし交渉の模様及びそれに果した被控訴人の役割等に加えて、失業対策制度の趣旨、目的(ことに、失業者を紹介対象者から除外する処分は、爾後その者の失対事業への紹介を拒否するものであつて、それにより、被除外者たる失業者は事実上最後の就労の場である失対事業への就労の機会を失う結果となる。)やこれらの行為の背景となつた事情、目的その他叙上認定の諸般の事情を考慮すると、被控訴人が、本件除外処分に先立つて前記2の(二)及び(三)のような暴行沙汰をくりかえし、そのなかの一部の事実を理由として紹介対象者としての取扱いを一時停止する旨の処分を受けた前歴があることなどを斟酌してもなお、被控訴人の右のような行為に対処するには、当初被控訴人に対して一旦なされた、紹介対象者としての取扱いを一時停止する処分をもつて臨めば足り、これらの行為をもつて、被控訴人を紹介対象者から無期限に除外しなければならないほどに重大なものと解するのは、困難である。そうだとすると、控訴人が被控訴人に対してなした本件除外処分は、その処分理由となつた事実関係の重要な部分において誤認があるため、著るしく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱したものとして、違法たるを免れない。」

2(一)  ところで、控訴人は、当審において、本件除外処分をなした処分理由は、松本次長、久野課長及び小川次長に対する各暴行とそれらに先立つ交渉並びに川崎ミツエに対する暴行傷害の、叙上一連の非違行為を対象としたもので、松本次長に対する暴行(不穏当な行為)を直接の契機とし、又、これを最大の処分理由として重視したわけではない、旨付加主張している。しかしながら、〈証拠〉によれば、本件除外処分にあたり被控訴人に交付された通知書には、「昭和四二年七月二八日当所においての次長松本好人に対する行為等は、失業対策事業紹介対象者として不適当と認定されましたので、昭和四二年八月一三日以降失業対策事業紹介対象者より除外いたします。」なる記載がなされており、昭和四二年八月一二日に被控訴人に右通知書が交付される際にも、控訴人側より、右通知書交付以外に特に処分理由を付加して説明したことはないこと、他方、本件除外処分後に控訴人より上級官庁たる福岡県職業安定課あてになされた報告書中においても、本件除外処分の対象としては、もつぱら松本次長に対する行為とそれに先立つ交渉の経過のみを取りあげていて、控訴人主張の、その余の処分理由たるべき一連の行為はまつたく記載されていないことを認めることができ、この事実に、先きに付加認定した本件除外処分に至るまでの経緯をあわせ徴すると、本件除外処分は、やはり松本次長に対する不穏当な行為とそれに先立つ交渉を直接の契機としてなされたもので、かつ、少くともこれが最大の処分理由とされていたものと認めるほかはない。〈証拠判断略〉

なお、控訴人は、被控訴人が前記一連の非違行為について刑事訴追され、福岡地方裁判所で懲役一〇月の確定判決を受けているが、かように懲役一〇月に処せられるほどの一連の非違行為が、紹介対象者からの除外もやむを得ないとするだけの重大な事由にあたらない筈はない、旨をも主張している。

しかしながら、先きに付加訂正して引用した原判決の認定判断と〈証拠〉とを対比検討すると、被控訴人が右懲役一〇月(但し、執行猶予付)の確定判決を受けた犯罪事実は、七七七号通達別紙取扱要領第5の2の(1)ないし(3)が紹介対象者としての取扱いの一時停止又は紹介対象者からの除外の事由として掲げるところに該当しない、本件除外処分当時には直接の処分理由とされていなかつた久野課長、小川次長及び川崎ミツエに対する各暴行等とその他若干の非行であつて、嫌疑不十分によつて不起訴処分となつた松本次長に対する行為は含まれていないことが明らかであるから、被控訴人がかように懲役一〇月に処せられたことは、公共職業安定所や各事業主体との陳情ないし交渉に際して露呈された被控訴人の粗暴な性向、行状を示すものであつても、そのことから直ちに、紹介対象者から除外さるべきであると断ずるのは、早計に過ぎる。

従つて、これらの点に関する控訴人の主張は、採用できない。

(二)  さらに、控訴人は、当審において、被控訴人が飯塚公共職業安定所に対して執拗かつ威迫的な陳情ないし交渉をくりかえし、同安定所の、紹介業務を始めようとする業務全般に重大な支障を与えた、旨付加主張している。

なるほど、先に付加訂正をして引用した原判決の認定判断によると、被控訴人が分会長(執行委員長)をしていた全日自労飯塚分会は、昭和四二年四月一七日から本件除外処分までの間、飯塚公共職業安定所に対して、原判決添付別表記載のとおりの陳情ないし交渉を行い、そのうち、被控訴人自身が右分会の組合員を引率して右陳情ないし交渉に臨んだことも、同表記載のとおりに存し、かつ、同分会の陳情ないし交渉は、おしなべて強硬で激しいものがあり、それによつて飯塚公共職業安定所の紹介業務に七七七号通達別紙取扱要領第5の2の(1)にいわゆる「重大な支障」を与えたことは、否定できないところであるけれども、他面において、右陳情ないし交渉の趣旨、目的、それらがなされるに至つた背景その他本件除外処分にまつわる一切の事情を斟酌して被控訴人個人に対する処分の事由として考えるとき、紹介対象者としての取扱いを一時停止するのであればともかく、紹介対象者からの除外を相当とする事由とまでは認めがたいことも、原判決の右認定判断の示すとおりであるから、この点に関する控訴人の主張も又、採用できない。〈以下、省略〉

(佐藤秀 篠原曜彦 森林稔)

〈参考〉第一審判決

理由

一 〈省略〉

二 被告は、被告が原告に対してなした紹介対象者から除外する旨の決定通知は、行政庁たる被告の優越的な地位に基づいてなした公権力の行使たる行為ではなく、またこれによつて原告の法的地位ないし利益を侵害するものでもないから、いわゆる取消訴訟の対象となるべき行政処分に該当せず、その取消を求める本件訴えは不適法であると主張するので、以下紹介対象者制度の意義および現実のしくみ等を検討のうえ、この点について判断する。

1 〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(一) 現実の失業対策事業制度は、昭和二四年緊急失業対策法(昭和二四年五月八日法律第八九号)の制定、公布(公布と同時に施行)により発足し、その後昭和三八年同法および職業安定法(同年法律第一二一号)の各一部改正により、その内容に大幅な変革をみて今日に至つている。我が国における失業対策制度は他にも種々存するが、これらの制度はいわゆる摩擦的失業ないしは軽度の景気変動によつて発生する失業に対処するためのもので、職業紹介、職業指導あるいは職業訓練等を通じて労働力の需要と供給の合理的な調整ないしは効率的な結合を図り、これによつて雇用を促進しようとするものである。しかし、これらの制度は、所詮何らかの労働力の需要が現存することを前提として、これに失業者を吸収せしめようとするものに過ぎないため、現存する労働力の需要をはるかに越えて全産業的な規模で大量に発生し、しかも、長期化する失業には機能を発揮することができない。失業対策事業制度はこのような失業に対処するため、国が政策的に労働力の需要を創り出し、これにできるだけ多数の失業者を吸収することによつて失業者に労働の機会を与え、失業状態から脱却するまでの間その生活の安定を図るとともに、経済の興隆に寄与することを目的として創設された制度である(緊急失業対策法第一条)。そのため、失業対策事業制度においては、一方で労働大臣が地域別の失業情況を調査し、多数の失業者が発生し、又は発生するおそれがあると認める地域ごとに、その地域に必要な失業対策事業の計画を樹立し(同法第六条)、国が自らの費用で、又は地方公共団体等が政令で定めるところにより、国庫から全部若しくは一部の補助を受けて、右計画に従つて失対事業を実施し(同法第九条、同法施行令第一条。)、他方、失業対策事業への就労者の紹介は、当該地域の労働力の需給調整の総合的、中核的な機能を有する公共的機能である公共職業安定所に行なわしめるのが最適であるため、失対事業に就労する一般就労者(すなわち、公共職業安定所において紹介することが困難な技術者、技能者、監督者その他労働省令で定める労働者を除いた失業者)は、必ず公共職業安定所の紹介を受けるべきこととし(同法第一〇条第一項、第一一条の二第二項)、この事業主体と公共職業安定所相互の緊密な連絡調整によつて失業対策事業制度が運営されることとなつている。

(二) 紹介対象者の制度は、右に述べたとおり、失対事業に就労する一般就労者は公共職業安定所の紹介する失業者に限るというシステムをとるところから生じており、昭和三八年職業安定法、緊急失業対策法の改正後、次のような理由から採用されるに至つた。すなわち、公共職業安定所が失対事業に失業者を紹介するには、緊急失業対策法第一〇条第二項に定める要件その他の適格性の有無について判断を要するが、後述のとおりその要件の一つである「誠実かつ熱心に求職活動をしている者」とは、公共職業安定所の行なう常用雇用の求人に対する職業紹介のみならず、それ以外の日雇求人、臨時求人、臨時的雇用の求人等に対する職業紹介にも応ずることが要求され、これらの求人への紹介を前提として紹介を行なうには、日々紹介の原則をとらざるを得ず、そうすると、公共職業安定所が失対事業へ就労者を紹介する際にも、求職者につき緊急失業対策法に定められた要件の有無について日々判断しなければならないことになる。しかし、公共職業安定所が早朝時短時間に集中的に紹介を行なうにあたり、多数の求職者に対して日々このような判断を行なうことは実務上不可能に近く(特に後記(三)のように、前記緊急失業対策法の一部改正によつて、失業対策事業に就労し得る者の要件は改正前に比べて厳格かつ複難になつた。)、そのため、公共職業安定所は、求職者の中から失対事業に紹介し得る者を、前もつて緊急失業対策法に定める要件に従つて区分けしておき、これによつて認定を受けた者を失業者就労事業紹介対象者、略して紹介対象者と呼び、この者は以後紹介対象者から除外され、あるいは紹介対象者としての取扱いを一時停止されない限り、失対事業に紹介されるにあたり、日々その要件の判断を行なうことなく紹介を受ける取扱いがなされることとなり、これによつて前記紹介に際しての実務上の困難が解消されることになる。この紹介対象者の制度は、緊急失業対策法その他の関係法令に直接根拠を有するものではなく、前記職業安定法および緊急失業対策法の一部改正によつて新たに設けられた失業対策事業制度を実務上円滑に運営するために、労働省職業安定局長より、公共職業安定所長を指揮監督する他位にある都道府県知事宛てに出された昭和三八年一〇月一日職発第七七七号「失業者就労事業へ紹介する者の取扱いについて」と題する通達(以下、第七七七号通達と略称する)に基づいて実施されており、右通達は紹介対象者の認定基準について緊急失業対策法が定める要件をさらに具体化して規定し、あるいは「紹介対象者としての取扱いの停止」等についての認定基準を詳細に規定している。

(三) 紹介対象者の認定は、公共職業安定所長が七七七号通達の別紙「失業者就労事業へ紹介する者の取扱要領」(以下、取扱要領と略称する。)第2に定める要件を審査して行なうことになつている。これによると、①失業者であること。②就職促進の措置を受け終つた者であること。③引き続き誠実かつ熱心に求職活動をしている者であること。④失業者就労事業に就労し得る労働能力を有するものであることがその要件とされ、①、②、③は緊急失業対策法第一〇条に規定する要件であり、④は失業対策事業制度が就労を前提とする以上、明文の規定がなくとも当然必要な要件である。①については、失業者の定義は個々の事例では極めて微妙な場合が多く、昭和三八年一〇月一日職発第七七五号労働省職業安定局長通達にその認定基準が示されており、③については、七七七号通達に、原告主張の請求原因三の1の(二)の(1)記載のとおり、その要件の認定基準が示されている。しかし、(2)の要件は新制度における著しい特色であり(その趣旨は後記三の1記載のとおり)、改正前の失対事業に紹介を受ける適格性の要件が、失業者であること、および家計の担当者であることの二つにすぎないのと大いに異なるところである。この職業安定法第二七条第一項に定める公共職業安定所長による就職促進措置の指示は、これを受けようとする失業者の申請に基づき、この申請は職業安定局長が定める手続及び様式に従い(昭和三八年一〇月一日職発第七九〇号通達別紙一「中高年令失業者等の認定及び就職指導関係業務実施要領」参照)、当該住所を管轄する公共職業安定所長に対して行ない、同所長が就職促進の措置を受ける必要があると認定すれば、その者に対して行なわれる。措置の認定を受けるための要件には、公共職業安定所に求職の申込みをしていること、誠実かつ熱心に就職活動を行なう意欲を有すると認められること、常用労働者(同一事業主に継続して使用される労働者をいう。)として雇用されることを希望していること、その他所得要件等があり、これらを審査した結果、就職促進の措置を受けるべきものと認定した者に対しては、その者の知識、技能、職業、経験その他の事情に応じて、就職促進の措置の種類及びその順序、措置の期間及びその開始の時期、措置の内容が職業指導及び職業紹介の場合は公共職業安定所に出頭すべき日、措置の内容が公共職業訓練あるいは民間委託の職業訓練、職場適応訓練の場合は訓練の職種及び施設を記載した書面を交付して指示がなされる(職業安定法第二六条第一項、第二七条第一項、同法施行規則第二一条)。このようにして、就職促進措置の認定を受けた者は、その措置の期間中手当が支給される(職業安定法第二九条)。一方、一旦就職促進措置の認定を受けた者でも、その認定を取消されることがある。すなわち、就業促進措置の指示を受けた者は、その実施に当たる職員の指導又は指示に従うとともに、自ら進んですみやかに職業につくことに努めなければならないが(同法第二八条第二項)、この指示に正当な理由なく従わないとき、不正行為によつて認定を受けたとき、雇用対策法第一三条の職業転換給付金若しくは失業保険金等を受け、若しくは受けようとしたとき、その他前記措置認定の要件に該当しなくなつたときは当該認定を取消される場合がある(同法第二七条第二項)。

一方、このようにして紹介対象者の認定を受けた者でも紹介対象者の要件を欠くに至つたとき(七七七号通達別紙取扱要領第5の1)、紹介対象者が、就職促進の措置を受けることを指示されたときは紹介対象者から除外され、また、次の各号の一に該当する場合は紹介対象者としての取扱いを一時停止され、又は紹介対象者から除外される(同通達別紙取扱要領5の2参照)。

(1) 職業安定法施行規則第一三条第三項の規定に基づき、職業安定局長の定める求職の申込みの手続又はその手続に基づく公共職業安定所の指示に従わないこと、その他紹介業務に重大な支障を生ぜしめること。

(2) 他人の紹介票(失業者就労事業紹介対象者手帳を含む、以下同じ。)を使用し、紹介票の内容を改ざんして使用し、若しくは、その他不正に使用し、又は紹介票を他人に貸与し、若しくは、譲渡すること。

(3) 運営管理規程により、事業主体から雇入れないこととされた者について、その理由からみて事業主体に紹介することが不適当と認められること。

紹介対象者の認定、除外等については右のとおりであるが、原告は昭和三八年緊急失業対策法の改正以前から失対事業に就労していたため、同法附則第二条第三項により就職促進の措置を受け終つた者とみなされ、七七七号通達別紙取扱要領第4によつて改正後も引き続き紹介対象者とする取扱いがなされた。

(四) 公共職業安定所長によつて紹介対象者と認定された者は、前記(二)のとおり以後紹介対象者から除外され、あるいは紹介対象者としての取扱いを一時停止されない限り、失対事業に紹介を受けるに際し、日々その要件について判断されることなく紹介を受けることができ、これとは逆にいかに緊急失業対策法第一〇条に定める要件を備えている者であつても、公共職業安定所長によつて紹介対象者と認定されていなければ、失対事業への紹介を受けることはできない。もつとも、紹介対象者は公共職業安定所に対し、失対事業への紹介を請求する権利を有するものではなく、また紹介を受けたからといつて事業主体に対し雇用を請求する権利を有するものでもない。しかし、現実には緊急失業対策法第一条に掲げる目的を達成するため、公共職業安定所は紹介対象者と認定した者全員につき失対事業に就労できるように努力し、紹介に際しては、紹介対象者全員について紹介の適正、公平を守り、事業主体側も公共職業安定所から紹介を受けた者については、一般の職業紹介の場合の求人者と異なり、原則として雇入れ拒否の自由を有せず(改正前の緊性失業対策法第一一条は「失業対策事業の事業主体は公共職業安定所の紹介する失業者がその能力からみて不適当と認める場合には、当該失業者の雇入れを拒むことができる。」と定めていたが、このことは、その反対解釈として、事業主体には原則として雇入れ拒否の自由がないことを前提としているものと解されていた。なお、改正後の同法第一一条、福岡県失業対策事業運営管理規程第一三条参照)、できる限り紹介対象者全員を受け入れることのできるような態勢をつくるように努力しており、これらをよりよく可能ならしめるために、公共職業安定所と事業主体とが、紹介対象者の認定あるいは事業実施計画の策定等について綿密に連絡調整を行なつている(労働省職業安定局長より各都道府県知事宛昭和三八年一〇月二三日職発第八四九号通達参照)。したがつて、紹介対象者は、公共職業安定所ないし事業主体から右のような取扱いを受ける地位ないし利益を有することになるわけである。ことに、昭和三八年の前記法改正によつて、紹介対象者の失対事業への紹介については、いわゆる長期紹介方式が実施されることとなり、その地位は事実上ますます強固なものとなつた。すなわち、長期紹介方式とは、主として民間事業へ紹介されることが常態となつている者を除いた紹介対象者全員について、紹介期間を原則として毎月一日より始まる暦月一か月として紹介し、その際、長期紹介票に失対事業へ紹介する日、公共職業安定所へ出頭して民間事業等へ紹介を受ける日(民間紹介予定日)、職業相談日及びその他の出頭日を指定し、紹介対象者は紹介期間中右指定日以外は公共職業安定所に出頭することなく直接作業現場へ赴くというもので、これによつて事業主体にとつては同一人を継続して雇入れる利便、就労者にとつて同一作業場所へ直行して、就労できる利便、公共職業安定所にとつては職業紹介業務を簡素化できる利便がそれぞれ与えられた(労働省職業安定局長より各都道府県知事宛昭和三八年九月二一日職発第七五八号通達参照)。その他、紹介対象者については就労の機会が均等になるように配慮されたほか、その生活の安定を図るに十分なように賃金および就労日数の点にも配慮がなされ、賃金の増額はもちろんのこと、失対事業への就労日数は昭和四二年当時紹介対象者一人平均毎月二二日と、この制度が実施された当初、一五日程度であつたのに比しかなり改善されるにいたつた。

2(一) ところで、行政事件訴訟法第三条第二項は、取消訴訟の対象について一般的概括主義をとり、「行政庁の処分その他公権力の行使に当る行為」と定めているだけである。右取消訴訟の対象に、講学上の行政行為、すなわち公権力の行使によつて直接国民の権利・義務を形成し、またその範囲を確定する行為が該当することは論を俟たないところであるが、これのみに限定して解釈すべき理由はない。ことに、取消訴訟の目的は、行政庁の違法な処分その他の公権力の行使を排除して国民の権利・利益を救済することにあるが、今日福祉国家の理念のもとにいわゆる給付行政の分野が急激に拡大するにつれて、行政庁の行為の中には、命令・強制により、国民の権利自由を制限し、義務を課する権力的行為のほか、多種多様の非権力的な行為が増大しつつあり、このような傾向の中では、非権力的行為についても取消訴訟の趣旨からみて、これを行政訴訟の対象と認むべき場合が多いであろう。そして、いかなる行為が取消訴訟の対象となるかは前記取消訴訟制度の目的に照し、かつ当該行為の性質、効果等をも十分検討して個別的に決すべきである。かかる意味から、取消訴訟の対象となる行政処分とは、行政庁が一定の行政目的を実現するために一方的に行なう行為であつて、相手方である国民の権利義務その他の法的地位に重大な影響を与えるものと一応定義することができ、また右にいう国民の権利義務その他の法的地位とは既存の権利・義務ないし法律上保護された利益に限定すべきではなく、広く取消訴訟によつてその行為の効果を排除するに足るだけの法律上の保護に値する利益があればよいと解すべきである。このように解することによつて、複雑多様化する行政庁の活動によつて法律の保護に値する利益ないし権能を侵害された国民に法的救済の途を付与することができるのである。

(二) これを本件についてみると、前記認定のとおり、紹介対象者の制度は法令に直接その根拠を有するものでなく、公共職業安定所が事業主体に対して就労者を紹介する際の事務処理上の便宜のために前記七七七号通達によつて設けられた制度であり、その内容も失業者に対する職業の紹介というサービス行政である。しかし、紹介対象者の制度は、緊急失業対策法第一〇条の規定を具体的に執行するために設けられたものであり、(このことは、七七七号通達別紙取扱要領第1に「紹介対象者の取扱いについては、緊急失業対策法第一〇条の規定及び事業運営の必要に基づき、この要領によることとしたものである。」とあることからも明らかである。)、紹介対象者の認定(就職促進の措置の認定も含めて)、除外あるいは取扱いの一時停止等は、前記認定のとおり、行政庁である公共職業安定所長が失対事業への就労者の紹介につき、法律に定める要件に従つて行なうべきものであつて、それはまさしく行政庁により法律の執行として、かつ失対事業制度の運営という行政目的実現のために一方的に行なわれる行為というべきである。

被告は、紹介対象者といえども、公共職業安定所に対し、失対事業への紹介を請求したり、事業主体に対して雇入れを請求したりする権利を有するものでなく、その地位は事実上失対事業へ紹介を受け得るというに過ぎず、法律上の利益ないし地位というべきものではないと主張する。しかし、失対事業を運営するにあたり、紹介対象者の制度を採用する以上、紹介対象者は前記1の(四)認定のような利益を享受し得る地位にあり、失対事業が失業者にとつて実際上最終の就労の場であるという事実に鑑みれば、紹介対象者の地位は明らかに法律上の保護に値するものということができる。そもそも、国が失対事業を運営して失業者を救済するのは、憲法第二七条第一項において保障した勤労の権利あるいは憲法第二五条において保障した生存権の規定に由来するが、右規定の趣旨は、国が単に国民の労働を得る機会を妨げてはならないというだけではなく、すべての国民にその必要とする労働の機会を確保し、もつて最低限度の生活を保障するよう積極的に努力すべき責務を負担し、これを国政上の任務とすべきところにあり、紹介対象者が享受する利益ないし地位は、遡ればこのような憲法の規定によつて保障されたものである。したがつて、紹介対象者は国が右のよううな国政上の責務を負う反面として、右のような利益を享受するのであり、紹介対象者には公共職業安定所や事業主体に対して直接紹介請求権や雇入請求権がないというだけで、このような利益は単なる反射的利益にすぎないと解すべきではなく、法律上の利益であると解するのが相当であり、しかも、紹介対象者でなければ、全く失対事業へ就労の機会が与えられず、一旦紹介対象者となれば現実には就労日数、賃金等の面で前記認定のような取扱いを受けるのであるから、右のような利益が法律上の保護に値するものであることも亦明らかである。

また被告は、紹介対象者といえども、公共職業安定所は適格者紹介の原則に従うから、必ず紹介を受けるとは限らず、事業主体においても雇入れ拒否の自由を有するので、確実に失対事業に就労できるとは限らず、その地位は単に失対事業へ紹介を受け得る事実上の可能性を有するに過ぎない旨主張するが、失対事業への紹介については、前記認定のとおり、最終の就労の場を確保するということから、就労日数については紹介対象者全員に公平を期して行なわれており(平均一か月二二日就労)、事業主体の雇入れ拒否も、一般の職業紹介の求人者の場合と異なり、原則として許されない(なお、福岡県失業対策事業運営管理規程第一三条は事業主体が雇入れを拒否し得る場合を規定して、このことを明示する。)から、被告の右主張にも、にわかに賛成できない。

さらに、被告は紹介対象者から除外されたからといつて、民間、公共事業への紹介を受け得ないわけではないので、最終の就労の場を失なつたものではないと主張するが、失業者就労事業へ紹介し得る者(すなわち紹介対象者)は職業安定法第二七条第一項の規定(昭和四六年法律第六八号により削除)により公共職業安定所長が指示した就職促進の措置を受け終つて、なお就職できなかつた者であることを要するのであるから、被除外者といえども、なお民間、公共事業等への紹介を受け得ないわけではないとしても、それをもつて、事実上最終の就労の場を失つたものではないと即断することはできないから、被告の右主張にもにわかに左袒することはできない。

そうだとすると、紹介対象者から除外する旨の本件決定通知は、行政庁である被告が、緊急失業対策法に従つて失対事業への紹介業務を遂行するにあたり、一方的に行なつた行為であり、これによつて、原告は将来とも失対事業への紹介を拒否され、事実上最終の就労の場である失業者就労事業への就労の機会を失うという重大な不利益を被むり、法律上の利益ないしは法律上の保護に値する利益を侵害されることになるのであるから、右処分は行政事件訴訟法第三条第二項にいう「公権力の行使に当る行為」に該当し、取消訴訟の対象となるものというべきである。よつて、被告の本案前の抗弁は採用できない。

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